Jewels Of Light -Mark Boals fan site in japan-

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リニューアルしました!

2008年6月、リニューアルを行いました。
2002年から2008年5月までの内容は、ディスコグラフィ以外は削除させて頂きました。
詳しくは、下記リンクからどうぞ。

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Profile

Mark Boalsは12月5日、アメリカ合衆国オハイオ州ヤングスタウンで生まれ、5歳の頃からピアノを習いはじめ、フォークソングを歌いはじめる。このころ歌を録音したテープも残っている。小学校に上がってからはクラリネットとサックスを始め、12歳でベースを始める。
14歳の時に最初のバンドとなる「Jasmine」 に加入。その後地元で数多くのバンドを経験している。

1982-83年頃Savoy Brownに加入し全米をツアーする。
1984年Ted Nugent Bandに加入し、1985年頃にカリフォルニアに移住。Ainsley Dunbar、Tim Bogert、 Ronnie Montroseをフィーチャーしたグループのギグに参加した。
1985年にはYngwie Malmsteenに出会い、Jeff Scott Sotoの後任としてRising Forceに加入する。その年の8月31日、Day On The Greenで初コンサート。その後1986年発売の「Trilogy」に参加したが、10月1日のリリースを前に9月に解雇される。その後しばらくシーンからは遠ざかることになるが、インタビューによるとその間に楽器を習得したり、レコーディング技術、プロデュースワークを学んだりしていたそうだ。

そして1992年、Maestro Alex Gregoryのアルバム「Paganini's Last Stand」に参加してシーンにカムバックすると、1993年にはBillionaires Boys Clubを結成。 5月26日に「Something Wicked Comes (邪神降臨)」をリリースする。
1996年にYngwie Malmsteenのアルバム 「Inspiration」に参加する。このアルバムはYngwieのホームスタジオ「Studio308」のコケラ落とし作品で、歴代Rising Forceのシンガーが参加している。9月20日にリリースされ、その後のツアーにも同行し初来日も果たす!1997年にQueenのトリビュート・アルバム「Dragon Attack」にYngwieと共に参加。2月5日にリリースされる。

YngwieのInspiration Tourが終了すると、ファーストソロアルバムのレコーディングを開始する。「Ignition」と名づけられたアルバムは1998年7月8日に リリースされる。

1999年、Yngwieは「Facing The Animal」に続くアルバムのレコーディングを開始し、そのアルバムはJohn Westが歌うはずだったがYngwieは彼を解雇。Markに参加を打診するとMarkはこれを了承する。11年ぶりに「Rising Force」名義が復活し「Alchemy」が完成。1999年9月17日にリリースされる。Rising Forceの復活とMarkとYngwieのコラボレートがオリジナルアルバムで再び実現した事にファンは狂喜乱舞する。Alchemy収録の「Leonardo」はMarkが歌う曲の中でもトップに位置づくだろう。その後のワールド・ツアーにも参加し、2回目の来日も果たす!。
1999年度のBurrn!誌Reader`s Pollに於いて初めてVocalist部門チャンピオンを獲得!同時に「Alchemy」がYoung Guitar誌のベストアルバムに輝き、そのほかの雑誌でも数多くの賞を獲得。
2000年3月15日、Yngwie Malmsteenのベストアルバム 「Anthology」がリリースされ、ABBAのカヴァー曲「Gimme! Gimme! Gimme!」ですばらしい歌唱を披露する。その後約2ヵ月半、Yngwie Malmsteenの最新アルバムのレコーディングのためマイアミに滞在する。そのレコーディングの間の約2週間で行われたYngwie Malmsteenのスウェーデンツアーとスウェーデンロックフェスティバルに参加。この時の参加メンバーにはAnders Johansson、Marcel Jacobといった初期Rising Forceのメンバーも同行する。
8月1日から 8月29日に掛けてソロアルバムのレコーディングをする。Yngwie Malmsteenの仕事が予定より2ヵ月も長引いたため、約1ヵ月でミキシングまで終了せねばならない厳しいスケジュールだった。
11月2日、Yngwie Malmsteen のツアーに不参加が決定し契約解消。その後すぐ新バンド「Ring Of Fire」の結成を正式に発表する。
夏に録音したソロアルバムは「Ring Of Fire」と名づけられ、Marqueeから11月22日に発売。Yngwie Malmsteenも2001年発売予定だったアルバム「War To End All Wars」 を繰り上げてMark Boalsのソロ・アルバムと同日発売にするアクシデントが起きる。
ソロアルバム発表後Ring Of Fire のリハーサルが行われ、このリハーサルの前に突然 Barry DunawayがRing Of Fireへの参加をキャンセルする。急遽オーディションが行われ元Steve Vai BandのPhilip Bynoeが後任として加入。
サウンドエンジニアにErik Norlanderを迎えてL.A.のSteve Vaiスタジオにメンバー全員が集まり、Ring Of Fireのデビューアルバムのレコーディングがはじまり、Ring Of Fireのデビューアルバム「The Oracle」がリリースされるとオリコンチャートに於いて海外ロックアーティストで1位、海外のアーティスト全体で3位、国内外全体で35位にランクインする好スタート!

2002年3月、全米をツアー中だったYngwieのRising Forceで、Markの後任として参加していたJorn LandeがYngwieとの間にトラブルを起こし、Jornと別のバンドでも一緒に活動しているドラマーのJohn Macalusoを引き連れて脱退してしまい、ツアー続行が不可能となる。そんなYngwieを哀れに思ったMarkは、Web上でファンにYngwieを助けるべきか、そうでないかをアンケートし、その結果を基にYngwieに日本ツアーまでのヘルプ参加を申し入れ、Yngwieはこれを受け入れる。短期間だが最後のコラボレートとしてYngwieファンの前に姿を現し、7月に日本にも上陸。日本のファンはMarkのYngwieに対する姿勢を称賛した。

そのツアーが終了した後の10月には、彼のアシスタントと共にセルフマネージメント「Mugenkyo」を設立。11月、 Ring Of Fire の第1回日本ツアーが決定。その日本ツアーを前にして、Ring Of FireからGeorge Bellasが脱退。替わりにTony MacAlpineがツアーに参加することを発表する。そして2002年2月19月~21日にかけてRing Of Fireが日本を縦断した。その模様を収めたCDとDVDが同年8月21日に発売され、大好評!
10月23日には2年ぶり3枚目のソロアルバム「Edge Of The World」が発売された!Ring Of Fireのセカンドアルバム「Dreamtower」も11月21日に発売され、評判は上々!
しかし、Ring Of Fireのアルバム発売後、Markとともにバンドを結成したVitalij Kuprijが脱退してしまう。しかし、バンドは後任としてSteve Weingartの起用を決定。彼を起用しての最初のアルバムは「Laspe Of Reality」と名づけられて2004年7月22日に発売された。

その後、Markは新たにデビューする日本人ギタリスト、大村孝佳をサポート!「Nowhere To Go」に2曲参加。9月に行われたライブにも参加し、新世代ギタリストの門出を祝した。
年が明けて2月には寺田十三夫の7枚目のアルバム「Flight Of The Soul」に作詞と歌で参加。国境を越えた活動を積極的に展開している。

「Laspe Of Reality」発表後のRing Of Fireは活動を停止。Markは3年間、充電期間として活動を停止する。
しかし、2008年に入り、John Westの後任としてRoyal Huntに加入。6月には来日も果たし、日本のファンの前で健在ぶりをアピール。その後も順調に活動中。
そして、Uli Jon Rothとの活動も平行して行い、ニューアルバムとライブ活動に参加している。